制作レビュー版 発売日未定・決まり次第ご案内
麺屋 あぶらや

南からの風味

鹿児島ラーメン
誕生前夜。

海を渡った食文化に思いを馳せて。
南からの風味を、一杯に。

牛骨専門店あぶらやが描く、鹿児島ラーメンの源流。
培ってきた技術で、そのロマンを一杯に。

牛骨専門店だからできる一杯 ↓6ページの物語を読む ↗
カンボジアの食堂で麺料理を味わい、故郷を思う主人公を描いた漫画
開発の着想を描くイメージ漫画/人物・料理は創作表現
薩摩牛骨ぼっけもん麺屋 あぶらや 天文館本店で先行発売予定

この一杯の原点

牛骨専門店だからこそ、
描ける一杯。

培ってきた牛骨の技術で、
源流へのロマンを再現する。

麺屋あぶらやは、もともと牛骨ラーメンの専門店です。牛骨に向き合い、スープをつくってきた経験と技術。その積み重ねが、薩摩牛骨ぼっけもんの土台にあります。

カンボジアで出会った麺料理と鹿児島ラーメンの親しみは、自分たちの一杯を、食文化の歴史から見つめ直すきっかけになりました。

鹿児島では、豚や鶏を使うラーメンが育ってきました。土地で手に入るものを使い、その土地の味にしていく。その背景に思いを巡らせると、一つの想像が生まれます。

豚や鶏の畜産が盛んな鹿児島なら、ラーメンが広がった当時も、豚骨や鶏ガラが身近で、いちばん安く手に入るスープの材料だったのではないか。それが選ばれていった理由の一つかもしれない、と私たちは考えています。

一方、東南アジアの麺料理には、牛骨でだしを取る一杯があります。例えばベトナムの牛肉のフォー。牛骨を煮出したスープに米麺を合わせ、肉や香草を添えて味わいます。すでに牛骨を専門に扱ってきた私たちだからこそ、こうした南のスープと鹿児島の味のつながりに、心をひかれました。

海を渡った麺の文化が、その土地で手に入る材料に合わせて姿を変えてきたのだとしたら。鹿児島の一杯につながる、もっと手前の食の風景に、牛骨のスープがあったかもしれない。

「鹿児島ラーメンの源流は、牛骨だったのではないか。」
牛骨専門店だからこそ、そのロマンを味にできる。

あぶらやが培ってきた牛骨スープの技術で、海の向こうと鹿児島を結ぶ、まだ見ぬ一杯を再現する。薩摩牛骨ぼっけもんは、牛骨専門店の技術と、歴史への想像を重ねたラーメンです。ここでいう「再現」は、史料で確定した昔のレシピの復元ではなく、源流に思いを馳せた味の表現です。

カンボジアでの発見

似ている。
だから、知りたくなった。

カンボジアで親しまれる麺料理、クイティウ。湯気の向こうに、鹿児島のラーメンを思わせる表情がありました。

もやしやネギ、香ばしいフライドガーリック(揚げニンニク)。重なって見えるものがある一方で、麺も、味も、土地ごとの歩みも違う。

「この親しみやすさは、どこから来るのだろう。」そんな問いを、私たちは商品づくりの入口にしました。

食卓のおもてなし

一杯の前に、
小さなひと皿。

鹿児島のお茶と大根漬け、カンボジアの大根とにんじんの漬物を並べたイメージ
食卓の共通点を描いた生成イラスト。盛り付けはイメージです。
鹿児島の食文化

大根の漬物と「茶いっぺ」。

ラーメンを待つ間に、お茶と大根の漬物を味わう。鹿児島のラーメン文化を語るうえで、大切なひと皿です。提供の仕方は店ごとに異なりますが、丼が届く前の時間にも土地の心遣いが表れます。

「茶いっぺ」は、お茶に誘い、ひと息ついてもらう鹿児島のおもてなしの言葉。MBCの取材で歴史学者の原口泉氏は、お茶と漬物を客に出す習慣を、昔ながらの薩摩のおもてなしとして説明しています。

漬物サービスの始まりには諸説があり、茶いっぺが唯一の起源と確定したわけではありません。

出典 05・06 ↗
食文化の比較・開発者の視点

チュロックにも感じる、食卓の親しみ。

私たちがカンボジアで食べてきたクイティオには、必ず一緒に漬物の小皿が付いてきます。大根やにんじんの甘酸っぱい漬物を、麺の合間につまむ。丼だけで終わらない、その食卓の姿に、鹿児島のラーメンと大根の漬物を重ねました。

「チュロック」と呼ぶ漬物の小皿にも、私たちは相手を迎える心遣いを感じます。鹿児島の茶いっぺと、カンボジアの漬物がある食卓。味や作法は違っても、食べる人を思うところに親しみを感じるのです。

クイティオと漬物の組み合わせは開発者の現地体験です。国や地域のすべての店に共通する提供方法を断定するものではありません。茶いっぺとの比較は、私たちが感じたおもてなしの共通点です。

出典 07・08 ↗
薬味のこと

クイティオを香らせる、フライドガーリック。

クイティオ(クイティウ)に香ばしさを添えるフライドガーリック。細かくしたニンニクを揚げた薬味です。ネギの青い香りに、揚げたニンニクの香ばしさが重なります。薬味の組み合わせは店や料理によって異なります。

出典 09 ↗

歴史をたどる

海の歴史と、
一杯の歴史。

資料から分かること。
そこから、私たちが想像したこと。
その二つを分けて、お伝えします。

  1. 1429年
    公的解説

    琉球王国の統一と海の交易

    尚巴志による統一後、琉球は中国・日本・東南アジアとの交易の拠点として栄えました。

    参考資料 ↗
  2. 1530–40年代
    学術研究

    福建南部・潮州の海商と南九州

    福建南部の漳州湾を拠点とした海商は、琉球から種子島・南九州へ活動を広げました。隣接する広東東部の潮州の海商もこれに続き、南九州は中国沿岸の交易網と結びついていきます(中島楽章の研究による)。

    参考資料 ↗
  3. 1544年
    学術研究

    南九州の小根占港に唐船が来航

    1544年には、大隅の小根占港へ唐船が相次いで来航しました。密貿易を含む海商の活動が、南九州を広い海域につないでいました。料理の輸入を直接示す記録ではありません。

    参考資料 ↗
  4. 1609年
    公的解説

    薩摩による琉球侵攻

    島津氏が琉球へ侵攻。その後の交易には、薩摩による支配という政治的背景がありました。

    参考資料 ↗
  5. 1698・1705年
    伝来の諸説

    琉球から薩摩へ、サツマイモ

    種子島への伝来や、前田利右衛門が山川にもたらした話などが伝えられます。原料の伝来と、菓子の製法の伝来は分けて考えます。

    参考資料 ↗
  6. 19世紀
    公的解説

    幕末薩摩の南方貿易と密貿易

    調所広郷や島津斉彬の時代、薩摩では幕府の統制下でも南方との密貿易が行われました。16世紀の海商の活動とは時代を分けて捉えます。

    参考資料 ↗
  7. 19–20世紀初頭
    食文化解説

    潮州系の人々と米麺の広がり

    中国南部の潮州系の人々が東南アジアへ移り住み、米を使う麺の食文化も広がりました。中国南方の米麺「粿条(粿條/クエティオ)」の呼び名は、カンボジアのクイティオ、ベトナムのフーティオへつながります。各地でスープや具材が変わり、それぞれの土地の味になりました。

    参考資料 ↗
  8. 1947年
    資料に伝わる来歴

    のぼる屋の開店

    横浜で看護師として働いた道岡ツナさんが、中国人料理人から学んだ味を鹿児島へ持ち帰ったという来歴が伝わります。

    参考資料 ↗
  9. 1950年
    店の公式史

    こむらさきの創業

    女将と台湾の職人・王さんらで始まった店。初代は栄養学を取り入れ、キャベツで栄養バランスを考えたと公式史に記されています。

    参考資料 ↗
  10. 2026年
    現代の創作

    南からの風味を、一杯に

    麺屋あぶらや天文館本店で薩摩牛骨ぼっけもんを先行発売予定。発売日は未定です。歴史への関心と食卓での発見を、今の味づくりにつなげます。

    参考資料 ↗
史実と着想の境界

交易があったことは確認できます。一方、クイティウが琉球や薩摩を経て鹿児島ラーメンになったという直接の系譜は、今回確認した資料では裏付けられていません。本商品は歴史から着想した現代の創作です。

味を育てた人々

人から人へ。
鹿児島で育った一杯。

横浜で働く女性看護師と入院中の料理人の交流を想像した挿絵
のぼる屋の来歴に着想した生成挿絵。人物の容貌・病室・会話場面は想像であり、記録写真や厳密な復元ではありません。
資料に伝わる来歴

のぼる屋。横浜の病院からつながる物語。

「のぼる屋」の女性創業者、道岡ツナさん。新横浜ラーメン博物館やKBCの紹介によると、横浜で看護師(当時の呼称では看護婦)として働いていた頃、患者として入院していた中国人料理人から、スープの作り方を教わったといいます。

看護の仕事で生まれた出会いが、鹿児島での味づくりへ。1947年に開店した店の背景には、そんな人と人の物語が伝わっています。

後年の取材・解説で伝えられる来歴です。当時の本人の記録を確認したものではなく、鹿児島ラーメン全体の起源を一店に断定するものでもありません。

出典 04・10 ↗
店の公式史から

こむらさき。
一杯に込めた、栄養への心配り。

お腹を満たし、
栄養にも気を配る食事へ。

鹿児島の「こむらさき」は、公式店史によると1950年に創業。女将と台湾のラーメン職人・王(オー)さん、親戚の娘という小さな体制で始まりました。王さんは後に女将と結婚し、初代主人として店の味を育てます。

公式店史は、初代が当時から栄養学を取り入れ、たっぷりのキャベツで栄養バランスを考えたと説明しています。ご飯を出さなかった理由にも、炭水化物の摂りすぎを避ける考えがあったと記されています。

ここから見えてくるのは、間食として小腹を満たすだけでなく、栄養にも気を配った食事として一杯をつくる姿勢。鹿児島ラーメンを「栄養食」という視点で見る際の、具体的な手がかりです。

鹿児島の全店が同じ考えで始まったという意味ではありません。「栄養食」はこの店史を読む視点であり、医学的な効能や本商品の栄養価を保証する表現ではありません。

出典 11:鹿児島こむらさき公式店史 ↗

南の海と食文化

麺だけではない、
食卓の親しみ。

中国南方の「粿条(クエティオ)」から、米麺の旅。

中国南方から東南アジアへ移り住んだ人々は、商いと暮らしの中で食文化も育てました。福建と潮州は隣接しますが、それぞれの地域や言葉には違いがあります。

クイティオの原型となる米麺は、中国南方で「粿条(クエティオ)(粿條(クエティオ))」と呼ばれます。特に広東省の潮州・潮汕地域で親しまれる、米から作った平たい麺です。潮州語系の呼び名をローマ字で書くと kway teow(クエティオ)。この呼び名が、カンボジアのクイティオ、ベトナムのフーティオにつながっています。移り住んだ人々が、麺を売り、食卓を囲み、その土地の材料で日々の味をつくっていきました。中国南方の米麺にルーツがあることと、今のクイティオのスープや具材がそのまま中国から伝わったかどうかは、分けて考えています。

ベトナムの「フーティオ・ナムヴァン」のナムヴァンは、プノンペンを指す名前です。潮州系の麺売りがカンボジアに根づき、そこからベトナムへ渡ったという来歴を、MICHELIN Guideは説明しています。料理も人と一緒に動き、各地で姿を変えたのです。

各地で食材や味つけが変わり、土地の料理になっていく。その姿に、私たちは鹿児島の多彩な一杯への親しみを重ねます。

出典 15・16 ↗

薩摩と福建・潮州。密貿易を含む海の接点。

16世紀の研究は、福建南部の漳州と広東東部の潮州の海商が、琉球や南九州へ活動を広げたことを示しています。福建省の「漳州」と広東省の「潮州」は、別の地域です。

また、幕末の薩摩にも南方貿易・密貿易の歴史があります。こうした接点は食文化を考える背景になりますが、クイティオや特定の菓子がその船で薩摩へ運ばれたことまで確認できるわけではありません。

出典 12・14 ↗

あくまきと、
灰汁を使う知恵。

あくまきは、もち米を灰汁に浸し、竹の皮で包んで煮る鹿児島の菓子です。灰汁を使うことで、独特の色ともちもちした食感が生まれます。似た調理のちまきは中国にもあり、その方法が遣唐使によって伝わったという説もあります。これは農林水産省などが紹介する伝承で、伝来の経路が確定したわけではありません。

伝来説と、確認できる調理法を分けて紹介しています。カンボジアの包み菓子すべてが灰汁を使うわけではなく、あくまきとの直接の系譜は未確認です。

出典 17・18 ↗

つけ揚げ、チキアギー、
プロハット チアン。

鹿児島の「つけ揚げ」、全国でいう「さつま揚げ」は、魚のすり身に味を付け、形を整えて油で揚げる料理です。その原型とされるのが、沖縄の「チキアギー」。沖縄でも魚のすり身を油で揚げ、野菜や海藻などを加えたさまざまな味が親しまれています。

カンボジアにも、「プロハット チアン(Prahat Chien)」という魚のすり身を揚げる料理があります。日本のお客様には「カンボジアのさつま揚げ」とたとえると、食卓で感じた親しみが伝わるかもしれません。

魚をすり身にして、味を付け、油で揚げる。鹿児島・沖縄・カンボジアの料理を並べると、その共通する手仕事に目が向きます。

チキアギーをさつま揚げの原型とする説明は農林水産省の資料によります。プロハット チアンとの比較は料理の共通点に着目したもので、三つの料理の直接の伝来経路が確認されたという意味ではありません。

出典 23・25 ↗

鹿児島の「がね」と、
トラウ・チアン。

鹿児島の郷土料理「がね」は、さつまいもや野菜を細切りにし、衣でまとめて揚げる、さつまいものかき揚げです。揚げ上がった形がカニに似ていることから、鹿児島の言葉でカニを意味する「がね」と呼ばれます。甘めの味付けで、おかずにもおやつにもなる一品です。

カンボジアには「トラウ・チアン(ត្រាវចៀន / Trav Chhean)」という、タロイモを揚げる料理があります。鹿児島の「がね」はさつまいも、トラウ・チアンはタロイモ。使う芋は違っても、芋を揚げて楽しむ一皿に、私たちは故郷の料理への親しみを感じます。麺や漬物に加えて、こうした揚げ物も、この企画が注目する食文化の共通点です。

料理名・現地語表記は開発者による確認をもとに掲載しています。材料や作り方がすべて同じという意味ではなく、芋の揚げ物としての共通点を紹介しています。二つの料理の直接の伝来関係は確認されていません。

出典 24:がねの材料・作り方 ↗

芋を、
甘い楽しみに。

鹿児島の芋菓子に目を向けると、カンボジアの芋を使う甘味も気になります。現地レストランの公式メニューには、サツマイモにゴマやココナツを合わせたデザートが見られます。

身近な芋を甘い一品にするところは似ていても、鹿児島の菓子と同じ製法とは限りません。素材の共通点と味の違い、その両方を楽しむのが、この企画の視点です。

出典 20 ↗

海を越えて

海の向こうを思う。

薩摩鹿児島・琉球沖縄・中国海域の交流・東南アジアカンボジアでの着想

物語で視線を向ける地域。麺料理の伝播経路を示す図ではありません。

漫画で読む

一杯から始まる、
小さな旅。

青年漫画調・全6ページ。
下へスクロールして、全6ページを続けてお読みください。
主人公は提供写真をもとに描いています。台詞・情景には演出を含みます。史実は本文の出典をご覧ください。

1ページ目/全6ページ

遠い食卓、近い記憶

遠い食卓、近い記憶
1ページの台詞をテキストで読む

カンボジアの、ある朝。

あれ…故郷を思い出す。

この親しみは、どこから?

2ページ目/全6ページ

一杯の前の、ひと皿

一杯の前の、ひと皿
2ページの台詞をテキストで読む

鹿児島のお茶と、大根の漬物。

ここにも、漬物の小皿がある。

食べる人を思う心が、似ている。

3ページ目/全6ページ

人とともに、海を渡る

人とともに、海を渡る
3ページの台詞をテキストで読む

海を渡った人々がいた。

新しい土地で、味も育っていく。

料理には、人の暮らしが重なる。

4ページ目/全6ページ

歴史の、光と影

歴史の、光と影
4ページの台詞をテキストで読む

交易。そして、侵攻と支配。

密貿易の歴史もある。

似た味だけでは、伝来は決められない。

5ページ目/全6ページ

人から人へ、一杯へ

人から人へ、一杯へ
5ページの台詞をテキストで読む

のぼる屋には、横浜で学んだ来歴。

こむらさきには、栄養への心配り。

一杯の向こうに、人がいる。

6ページ目/全6ページ

南からの風味

南からの風味
6ページの台詞をテキストで読む

歴史を知り、今の味をつくる。

薩摩牛骨ぼっけもん。

南からの風味を、一杯に。

6ページの詳細脚本をダウンロード ↓

あぶらやの新しい一杯

南からの風味。

薩摩牛骨
ぼっけもん

牛骨専門店あぶらやだからこそ、できる再現。
培ってきた牛骨スープの技術で、
「鹿児島ラーメンの源流は牛骨だったのではないか」
というロマンを、一杯に表現します。
この一杯に込めた思いを読む ↑

発売日
未定・決まり次第ご案内します
提供店舗
麺屋 あぶらや 天文館本店
税込価格
900円

スープ・具材:牛骨スープ、もやし、青ネギ、揚げニンニク、揚げ牛蒡、チャーシュー。商品写真・詳細な原材料・アレルギー情報・提供条件は確認後に掲載します。食事制限のある方は、ご注文前に店舗へご確認ください。

これからの「南方福楼」へ。

まずは「あぶらや」で先行発売。その先に、南からの風味を届ける「南方福楼」への改名を予定しています。時期が決まり次第お知らせします。

参考資料

物語のそばに、出典を。

参照確認日:2026年11月1日。以下は公的機関・専門施設の解説、店舗の公式史、報道・料理資料です。麺料理の直接的な伝播を証明する一次史料ではありません。

  1. 那覇市歴史博物館「王朝文化と都市の歴史」 ↗琉球の中継貿易、1609年以降の歴史。
  2. 沖縄県「歴史概要」 ↗琉球王国の交易と薩摩による侵攻。
  3. 鹿児島県「琉球出兵」 ↗侵攻後の支配関係と対中貿易。
  4. 新横浜ラーメン博物館「鹿児島ラーメン」 ↗のぼる屋の創業年・料理人から学んだという紹介。現在の営業情報や価格の根拠には使用していません。
  5. MBC「『漬物フリー』なぜ?鹿児島のラーメン店の謎」 ↗お茶・大根の漬物と薩摩のおもてなし。2022年4月15日の取材。由来は未確定。
  6. 農林水産省「かごしま茶」 ↗「茶いっぺ」をおもてなしの言葉として紹介。
  7. The Week「Cambodian pork and rice recipe」 ↗大根とにんじんの漬物を添える料理例。おもてなし文化の名称・起源の証拠ではありません。
  8. CamboKitchen「Chrouak spey」 ↗カンボジアの野菜の漬物と料理への添え方の一例。表記・材料には違いがあります。
  9. Cambodian Country Club「Clubhouse menu」 ↗2ページ目Khmer Classics。クイティオにfried garlicを使用する提供例。
  10. KBC「別ルーツの異端児!? 鹿児島ラーメン」 ↗2022年10月29日。道岡ツナさんの横浜での看護師経験と、入院中の料理人から学んだ来歴。
  11. ラーメン専門 こむらさき 鹿児島「こむらさき今昔物語」 ↗1950年創業、台湾の職人・王さん、栄養学を取り入れた味づくり。熊本の同名店とは別の店舗です。
  12. 中島楽章「一五四〇年代の東アジア海上貿易と琉球・九州」 ↗史学雑誌133巻7号、2024年。福建・潮州の海商と南九州。
  13. 鹿児島県「さつま芋の伝来」 ↗複数の伝来説。
  14. 鹿児島県「南方貿易」 ↗幕末の薩摩と密貿易。
  15. MICHELIN Guide「The Different Types of Kway Teow Dishes」 ↗2024年。潮州系移民と各地の米麺の食文化解説。
  16. 在英国カンボジア王国大使館「Cambodia」 ↗中国系カンボジア料理とクイティウ。
  17. 農林水産省「あくまき」 ↗調理法と伝来の伝承。
  18. 熊本県総合博物館ネットワーク「灰汁巻」 ↗中国の古典に見られる同様の粽への言及。原典の照合は未実施。
  19. Shangri-La Phnom Penh「Kommune lunch menu」 ↗カンボジアの魚の練り物料理の提供例。
  20. Malis Siem Reap 公式メニュー ↗サツマイモを使う現代のデザート例。伝統菓子の同一起源を示す資料ではありません。
  21. Vietnam Tourism「The story of Vietnamese pho」 ↗牛骨を使うフォーの背景。鹿児島ラーメンとの直接の系譜を示すものではありません。
  22. 広東省人民政府僑務弁公室「潮州小镇美味粿条远销海内外」 ↗潮州の粿条と海外に暮らす人々の郷土の味。検索取得文で確認。名称の東南アジアへのつながりは出典15も参照。
  23. 農林水産省「うちの郷土料理・鹿児島県」 ↗つけ揚げの原型としてチキアギーを紹介。がねの材料と由来も掲載。
  24. 農林水産省「がね 鹿児島県」 ↗さつまいもを使う揚げ物、名前の由来と食べ方。
  25. Journey Cambodia提供の料理教室掲載メニュー(Tiqets) ↗Prahat Chienという料理名と魚を使う料理としての掲載例。日本語表記は開発者提供。
レビュー用資料・メディア向け原稿

配信前の確認事項を含む編集用原稿です。